この連載で、外国為替の模擬取引ゲームのやり方を紹介しました(5月号の「相場の学び方その3」を参照)。
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この連載で、外国為替の模擬取引ゲームのやり方を紹介しました(5月号の「相場の学び方その3」を参照)。 今回は、立正大学の林ゼミに今年度加入した新ゼミ生(2年生)が行った模擬取引の様子を紹介し、このゲームの意義について解説します。
■ゲームの進め方
参加者は、外国為替ディーラーになったつもりで、9枚のカードの数字の合計を予想しながら取引を行うというゲームです。 まずはルールのおさらい。
●ルール
1から15の数字のカードのうち、参加者が6人であれば、各人に1枚ずつ配り、残りの3枚を場に置く(5人なら、各人に1枚ずつ。場に4枚)。 場のカードは、最初は1枚だけを表にして数字を全員に見せ、後は伏せて置く。 参加者は、自分の手札と場の数字の2つがわかるわけです。 この数字を参考にしながら取引を行います。ゲームのポイントは、相手にクォート(外国為替市場で値段を提示すること。その値段)を聞かれたら、必ずツー〈2〉ウェイ・クォート(ツーウェイ・プライスともいう)、つまり、売値(オファー)と買値(ビッド)の両方を同時に提示しなければならないというところにあります。なお、スプレッド(ビッドとオファーの差額)は5円以下と決めておくのがよいでしょう。
たとえば、クォートの依頼を受けた人(たとえば、林さん)が「70 75」といえば、林さん(見積もった人。クォーティング・バンク)が、当該通貨(たとえば、架空の通貨クラウン)1単位を「70円で買います、または、75円で売ります」という価格を提示したことになります。 依頼した人は、見積もった人に対して「70円で売ることができる」、または、「75円で買うことができる」、または、「売りも買いもしない」を選択することになります。 こうして取引は続きます。一定時間を置いて、場のカードを2枚目、3枚目とめくっていきながら取引を続け、利益の多かった順で1位、2位……が決まります。その利益の内訳は、確定損益と含み(評価)損益の2つがあります。含みを計算する清算値(清算価格)は、9枚のカードの数の合計です。買いが多かった人は清算値で市場に転売し、売りが多かった人は清算値で市場から買い戻す、ということです。
《外国為替のシミュレーションゲームから学べること》●取引の記録 シートの書き方
取引の記録は、図のようなシートをつくって書き込んでいきます。まず、参加者全員の名前をシートにそれぞれ記入し、たとえば、AがBにクォートした価格が72 77であるなら、Aの名前の下に72と77と記入します。丁字の左側がAのビット(買値)で、右側がAのオファー(売値)です。数字の左側に、必ずクォートを依頼したBの名前を記しておきます。 Bが「ユアーズ(あなたのもの、つまり、「売った」という意味)」といって「(Bが) 72円で売る」という取引が成立した場合には、72の数字を丸で囲み(Bが「マイン(私のもの、つまり、「買った」という意味)」といって「(Bが) 77円で買う」という取引が成立した場合には、77の数字を丸で囲みます)、取引が成立しなかったら丸はつけません。 この記録をみれば、「誰が誰にクォートを依頼し、どんなプライスが提示されて、その取引が成立したのか、しなかったのか」が一目でわかります。 なお、自分が関わっていない取引についても、記録はつけます。つまり、全員のシートは、まったく同じものになります。
●ゲーム終了時の清算方法
このゲームの最後に、ポジションと損益を計算します。 まず、確認することは、全員のポジションがゼロになっている点です。 つまり、参加者全員の売りポジションを合計したものと、参加者全員の買いポジションを合計したものがゼロになっていること。 具体的には、ゲーム終了時に参加者のショート(売りのポジション)の数とロング(買いのポジション)の数が相殺して、ゼロになっているかということです。なっていなければ、誰かがミスしています。
次に、参加者各人の損益を計算します。自分がクォートを依頼して取引が成立した取引と、相手にクォートを依頼されて取引が成立した取引を、それぞれわけて書き出します。 自分がクォーティング・バンクの欄では左が自分の買いで右が自分の売り、他人がクォーティング・バンクの欄では左が自分の売りで右が自分の買い、と逆になっている点に注意してください。
書き上げてみて、売りと買いで清算ができるものは清算します。これが確定の損益です。 買いが多い、あるいは、売りが多いというときは、その反対サイドの空いているところに9枚のカードの合計を記入します。 清算価格と実際の取引価格との差額が損益です。
たとえば、9枚のカードの合計値が75の場合、70で相手から買っていた場合には5円の利益、逆に70で相手に売っていたら5円の損失となります。 売りが多い場合は市場に「買戻し」、買いが多い場合は市場に「転売」するわけです。 個々の取引をこのように清算し、その合計値を出します。これが含み(評価)の損益です。 参加者個々人の確定損益と評価損益を足したものが、その人の損益です。 最後に、参加者全員の損益の合計がゼロになっていることをチェックします。 これもゼロでないなら、誰かがミスしているということです。
■授業にて
このゲームを新ゼミ生の間で行うと、最初はどうしたらよいものか呑み込めていない学生もいますが、要領がつかめてくると、次第に活発な取引が始まります。慣れてくると、多くの学生は、最終的な合計値を予想し、相手の出すプライスから他のプレイヤーのカードの数値を読み、安いプライスでの買い増し、あるいは高いプライスでの売り増しを続けます。 この方法ですと、見事、予想が的中すれば大きな利益が見込めますが、逆もまた然りで、大損するかもしれません。
実は、このゲームを指導するときは、2段階で行うことにしています。 このゲームは、投資家の立場ばかりではなくて、インターバンクのつもりでも行うところに意味があるのです。 最初は、ふつうの投資家として、次に、インターバンク・ディーラーとして、参加してもらうわけです。 通常、インターバンク・ディーラーは、買いまたは売りのどちらか一方のポジションを膨らませるのではなく、自分が売らされた(相手が買った)なら、買い戻し、逆に、買わされた(相手が売ってきた)なら、他に転売する、という売買を繰り返しながら、わずかな差額でも利益を確定させていくという取引スタイルです。ポジションをどちらかに大きく偏らせるのではなく、いつもスクエア(ポジションをもっていない状態)に近い状態をキープするわけです。
この説明をしてから、次はインターバンク・ディーラーになったつもりでやってごらん、というと、今度は取引パターンががらりと変わります。 スクエアになるように心がけ、自分のポジションに合わせて、高いレートを提示してきたら売り、逆に、低いレートを提示した場合には買う、という取引を繰り返していくうちに、リスクをあまりとらずに、多くの取引が行えるようになります(上がったら売り、下がったら買いが出るわけで、これは投機家がマーケットを一方的に動かすものではないという、フリードマンの説を彷彿とさせますね……)。 このゲームは金融論などの授業でも取り込んでいます。ゲームを通じて、行動経済学や実験経済学の方法論についても触れられて便利ですし、何よりも、授業を楽しんで、かつ真面目に勉強するようになるのです。 「みんな、いいね、お金など賭けないでね。そんなことをしたら、私が警察に引っ張られるかもしれないし。 じゃ、実験経済学って、どうするのか知ってる?
賭博罪の可能性はあるよね、実際に参加者間で金銭の授受をして研究室内に市場とかをつくるのだから。 そういうときは、ふつう、大学の倫理委員会とかに事前に報告し、地元の警察にも連絡しておくわけ。 でないと、賭博の容疑。頼むから、お金は賭けないでね。しかし、じゃ、ギャンブルと市場との違いって何?」と、どんどん、授業のネタは膨らみます。
■学生の感想
学生の感想は、何度かこのゲームをするうちに変化し、進歩していきます。 最初は幼稚な感想しかもたなくても、市場を理解しようとゲームを重ねるうちに、面白いコメントも出てくるようです。 最初に模擬取引をしたときの感想は、まずは、次のようなものです。 「自分と同じように他のプレイヤーもカードの総合計についての思惑をもちながらプレーしていますので、このゲームは心理ゲームでもあると思います。しかし、ただ単に、相手に自分の真意を読まれまいとして、予想は高いけれども、逆に低いプライスを提示したのでは、買われてしまい損することになる。そこが難しいところです。もっとも合理的だと思われている金融取引でも、実は人間の心理が大きく影響しているのだ、ということを実感することができました。個々の経済取引や、日常生活でも、こうした心理的な駆け引きがあるのですね」
今回は、私のゼミ生の感想のうちにいくつかを紹介します。 生まれてはじめて(それはそうですよね、日常では、八百屋さんにいって、店から大根を買うことはあっても、店に売ることはないですから……)、ゲームとはいえ、2ウェイの取引をした感想です(たまたま女子学生ばかりですが、他意はありません。経済学部のゼミですので、男子のほうが多いのですが……)。
★立正大学経済学部・林ゼミナールの学生(2年生)の感想
・小瀧麗蘭さん
模擬取引を通じて日常で決して触れることのないディーラーの世界を少しですが、学べた気がします。 また、頭を柔軟にすることによって、いろいろな方向から物事(自分の立場、相手の立場など)を見る力を鍛えることができると思いました。 相手や市場の心理を読むことができれば、と思いました。
・和山絵里奈さん
模擬取引では、取引をする際は自分の取引状況だけでなく、まわりの状況もしっかりと把握しなければ損をしてしまうということを実感しました。また、一瞬の迷いが損につながります。経験を重ねることで正しい判断を瞬時にできる力を身につけられると感じましたし、自分以外が行っている取引のなかにこそ、損益の種があることを学びました。
・今井英里さん
プレイヤーの心理(相手が今、売りたいのか買いたいのか)を予想し、自分が売るべきか買うべきかを決定していくことは、ただ単に価格の取引を行っているわけではなく、相手の心理を読み取るという意味が含まれていたことに気づきました。 また、クォートをする人の2ウェイの価格で、その人がもっているカードの数字が高いか低いかも推測できると思いました(あまり考えないでプライスを出す人がいることも)
しかし、何度かゲームをするうちに、コメントは深化していきます。新しく表にしたカードが極端な数字であっても、マーケット全体への影響はそれだけでは判断できないのではないか、等々です。 さらには、総合計は、カードを配った時点で実は決まっているということも……。 ゲームでは、最後にカードを合算することで、合計の数字が出てきますが、現実のマーケットでは、正解は1ドル= 90円でした、で終わることはありません。ゲームの場には3枚のカードしか出ていませんが、実際のマーケットでは、無限のカードが場に伏せられているようなものなのです。 あるいは、さあ総合計を出そうとする段階で、確認しないまま、カードを回収し、ポジションや損益は継続させて、カードを配布しなおすようなものです。参加者は交代するかもしれませんが、ゲーム自体はエンドレスなのです。
価格形成は、カードの数にあるのではなく、それぞれの参加者の頭のなかにあるのだということに、早い時期に気づく学生もいます。 このゲームから学べることは多様ですが、特に知ってもらいたいことを次で解説してみましょう。
《ゲームから学べること》■ツーウェイ・クォートの公平性
ゲームでは、まず、ツーウェイ・クォートという取引方法の良さを再認識していただきたいと思います。通常、個人投資家はツーウェイ・クォートという取引方法は経験しないことなのですが、インターバンク市場では、参加者はレシプロシティ(互恵主義、相互主義)を前提条件に取引が行われています。これは、誰かを呼んだら必ずクォートしてもらえる代わりに、自分が呼ばれたら必ずクォートしなければならないルールです。 また、前述のように、クォートを依頼された場合は、売値(オファー)と買値(ビッド)を同時に提示しなければなりません。 ふつう、私たちは買いたいなら買うことしかしないし、売りたいなら売ることしかしないわけですが、クォートする側は自分の意思と関係なく、取引に応じなければなりません。ですから、ツーウェイ・クォートでは買いたいのに売らされるとか、売りたいのに買わされるとか、嫌でもそういう局面に遭遇することになります。
たとえば、マーケットに上昇トレンドが発生しているときには多くの人が買いたいと思います。ですから、クォートを依頼された側も、本当は買いたい(相手には売ってほしい)と思って見積もっているのに、結果的に売らされてしまう(相手に買われてしまう)ことがありますし、下落トレンドのときには多くの人が売りたがりますから、売りたい(相手には買ってほしい)と思って見積もっているのに、買わされてしまう(相手に売られてしまう)ことがあります。
ふつうに考えると、クォートする側が買いたいときには安く見積もったほうが得ですが、そうしたからといって相手が売ってくれるとは限りません。たとえば、マーケットのレートが70 75 (ビッドが70でオファーが75)のときに、自分が買いたいと思うあまりに60 65と安く見積もったとします。そうすると、おそらく相手は60で売ってくれずに65で買ってきます。たとえ相手が売りたいと思って自分を呼んだとしても、こちらが異常に安い価格をクォートしたら、相手は考えを変えて買ってくるでしょう。
そして、もしも相手が65で買った、つまり、自分が65で売らされたとしたら、自分は65の売りポジションをもつことになります。マーケットが70 75のときに65での売り持ちを抱えることは、大変なアゲインストです。ポジションを手仕舞うためにすぐに買いにいっても、おそらく75前後でしか買えないわけですから、すでに5~10程度の評価損を抱えていることになります。 このように、自分が買いたいからクォートを安くする、あるいは、相手が売りたそうだからクォートを安くする、というようなことをすると、相手の判断によっては大きなリスクを抱えることになります。つまり、自分の懐具合や思惑、恣意的な判断によって価格を出すと、下手をすると自分が困ることになるのです。言い方を換えれば、マーケットの価格に合わせて売買をしていかないとリスクが高くなる仕組みなのです。
したがって、ツーウェイ・クォートというルールのもとでは、誰もがマーケットに従って公平な価格を出すようになります。そのときの市場の出合いが70 75で、自分も70 75が妥当なレートだと思えば、誰もが70 75近辺で取引しようとします。相手の足元をみて価格を出すような行動をとったとしたら、自分が損してしまうわけですから、嫌でもマーケットの価格に従わざるをえないわけです。これは非常に大事なことで、マーケットの公平性がこれほどきちんと確保できるシステムはほかにないと思います。 他人の足元を見て、買いたいのだから高いクォートを出してやろうというようなやり方だと、自分が足元を救われるという可能性が高まります。つまり、不正直・不誠実だと、損をするということになるわけです。
■クォートするときのスプレッド
次に、クォートするときのスプレッドについても説明しておきます。 スプレッドが狭いということは、クォートを依頼した顧客には有利です。 なぜなら、売値と買値が近づいていれば、顧客は比較的高い価格で売ることができて、比較的安い価格で買うことができるわけです。 このゲームでいえば、スプレッドが5よりも3のほうが、クォートを依頼した人にとって有利に、逆にいえば、クォートした人にとって不利になります。
一方、スプレッドを広げれば広げるほど、クォートを依頼する人が不利になり、クォートする人が有利になります。今回のゲームではスプレッドが最大5にしていますが、これを自分だけ10にできるとしましょう。そうすると、自分だけ安く買えて、高く売れることになります。たとえば、マーケットの中心レートが70 75 68 78とクォートして、それで取引できれば、他の参加者よりも利益をあげやすくなります。 しかし、自分が有利ならば相手が不利になりますから、実際のマーケットでは、あえて不利な取引をしようとする人はいません。 スプレッドを広げて68 78と見積もったとすれば、そのクォートがナッシングされる(取引が成立しない)のはもちろん、おそらく次回からは誰も自分を呼んでくれなくなり、取引ができなくなってしまうはずです。
先ほど述べたように、マーケットとかけ離れた価格を出すような人は、マーケットから相手にされなくなるのです。 インターバンクにはソーリー・ワイド(sorry wide)という言葉があり、これは取引をしたくないときにスプレッドを広げて(ワイドにして)見積もるときに使います。たとえば、米国の経常収支が予想より大幅に赤字になったと発表されたようなときには、マーケットの値動きが激しくなり、誰も取引をしたがらなくなります。それでも、呼ばれたらクォートしなければいけないというインターバンクのルールがありますから、そういうときには、「ごめんなさい。私と取引しないでください」という意味合いを込めて、たとえば92・50 93・20といった極端に広いスプレッドを提示するのです。要するに、逃げ腰のプライスを出すわけです。
では、スプレッドを狭くするとどうでしょうか。先ほどスプレッドを狭くすると顧客に有利になり、自分に不利になると述べましたが、クォートする側にもメリットはあります。たとえば、6人でゲームをしていて、他の5人がスプレッドを5にして取引しているところに、A1人だけがスプレッドを3にして取引するとします。他の5人が70 75とクォートしているのなら、Aだけが71 74とクォートする、つまり、Aを呼べば他の人を呼ぶよりも1円高く売れて、1円安く買えるわけです。そうなると、当然、皆からクォートの依頼がAに集中しますから、マーケットがAを中心にまわり始めます。
■いずれは標準的なシステムに
以上が、ツーウェイ・クォートというシステムの優れている点です。現在のところは、このシステムを全面的に採用しているのは外国為替のインターバンク市場だけで、それゆえに、インターバンク市場はマーケットの王者といわれるのです。外国為替以外では債券取引の一部で採用されることがある程度ですが、いずれは他の市場でもツーウェイ・クォートが採用され、標準的なシステムになるかもしれません。 多くの人は、正義を維持するのは法律の役目だと思っていますが、ツーウェイ・クォートは、マーケットの構造そのもののなかに、そういった機能が内蔵されていることを示しています。
かつて、お上が、FXの業者に、客玉は必ずマーケットにつなぐことを義務づけるという規制をかけようとしましたが、私は、ツーウェイ・クォートさえ守れば、市場の公平性は担保できるのだと主張しました(その後、2005年7月から金融先物業者は原則としてツーウェイ・クォートを導入し、顧客に対してオファーとビッドを同時に示さなければならなくなりました)。規制する人が必ずしも市場を理解しているとは限らないという例です。
■マーケット参加者それぞれの立場
このゲームを行うことによって、マーケット参加者には実にいろいろな人がいることがわかります。 マーケット参加者を大きくわけると、長期で取引する人と短期売買をする人にわけられます。 たとえば、このゲームのなかで清算値の総合計が大きいと予想して、買いポジションを増やしていく人がいます。 この人は、長期投資を狙ってマーケットに入る長期投資家と考えられます。 長期投資家は1カ月後あるいは1年後に、この株は上がるはずだとか、ドルは上がるはずだと考えて、それに向けてポジションをつくっていきます。
一方、短期投資家とは、このゲームで言えば、買わされたら(買ったら)売って、売らされたら(売ったら)買ってという取引を繰り返して、なるべくポジションが偏らないように、膨らまないように心がけます。 つまり、少しの利益でも利食って、少しの損でも損切るという取引をする人が短期投資家です。 仮にゲームが終わって、最後に清算が必要なポジションがスクエアであれば(ショートでもロングでもなければ)、9枚の総合計が99であろうが45 であろうが、自分の損益には何も関係ありません。
自分のポジションがスクエアであれば、1週間後に株が暴落していようが、ドルが高騰していようが、もはや関係ないということです。 インターバンク市場でのディーリング、あるいはオリバー・ベレスがいう理想的なデイトレード(日計り取引)とは、こういう取引方法なのです (もちろん、厳密には、インターバンク・ディーラー=デイトレーダーでありません。デイトレーダーは、あくまでも顧客サイドであり、2ウェイでプライスを出すことはありません。 しかし、その心理や取引に対するスタイルは似ているわけです)。
清算値が大きいだろうと予想して大きく買い越したり、逆に小さいだろうと予想して大きく売り越した人は、大きな利益をあげられるかもしれませんが、大きな損失を被るかもしれません。これはポジション・テイカーのやり方で、思惑が当たれば大儲けするかわりに、大損する可能性も大きいというスタイルです。 このゲームを経験するとわかりますが、多くの人は、はじめは長期投資家として振る舞おうとします。 つまり、清算値を予想しながら、買いポジションや売りポジションを膨らましていって、大きな利益を目指そうとします。 その戦略が成功すればもちろん大きな利益につながりますが、失敗すれば大きな損を被ることになります。
ゲームの進め方のところにも書きましたが、このゲームはぜひ2回、3回とやって、長期投資だけでなく、短期売買のやり方も経験してください。できれば意識的にインターバンク・ディーラーを演じてほしいと思います。 そうすることによって、長期取引と短期売買の行動パターンの違いが実感できるはずです。
私は、授業などでこのゲームを指導するとき、最初は、何も条件をつけないのですが、何度目かのゲームのときには、今度は、デイトレーダーのつもりになって、ポジションはスクエアに近づけるように心がけてくださいという条件をつけます。 そうすると、長期投資と短期売買の違いが明瞭になるのです。 実際のマーケットには、長期と短期というスタンスの違いだけでなく、さまざまな考えをもつ参加者がいます。
たとえば、清算値がどの数字になるかを非常に正確に予想しようとし、その予想に従って売買する人がいます。 9枚の合計が統計的にいくつになりやすいかと考えたり、他の参加者が出すプライスや売買するプライスを見ながら予想を立てて、プライスを出すのです。あるいは、同じ予想をするのにも、統計やデータをまったく考えずに、自分の勘だけを頼りに売買していく人もいます。このように、参加者の全員が理性的な行動をするわけではありません。そうした点も、ゲームを楽しみながら学んでいただきたいと思います。
■材料と価格の関係
講義やセミナーでこのゲームをやると、ときどき質問されるのが、カードをめくることと取引との関係は何なのか、という点です。 確かに、場にめくられた1枚のカードと取引されているレートの間には何の関係もないように思われますが、これも実はマーケットそのものです。 前回の連載で少し述べましたが、たとえば、私たちは、米国の経常赤字が非常に大きいという情報があればドルを売ろうとします。 A社が画期的な治療薬を開発したというニュースが流れれば、A社の株を買おうとします。 しかし、それが間違いやガセネタということになれば、ドルを買い戻したり、株を手放そうとするわけです。 こういう場合、私たちは通貨や会社の価値そのものを取引していると思っていますが、実はそうではなくて、情報に基づいた、いわばバーチャルな価値を取引しているにすぎないのです。
カードをめくるという行為は、たとえば、当該通貨の国の経常収支が発表されるといったような経済指標の発表や、大統領が狙撃されたといったニュースに相当します。 小さな数が出た場合、ゲーム参加者の多くは、クラウンの価値が下がると思ってクラウンを売ろうとしますから、結果としてクラウンの価格は下がります。しかし、ここで重要なのは、カードの数が小さかったから直接的にクラウンの価値が下がったわけではありません。 正確には、カードの数字が小さかったという情報に影響されて、ゲーム参加者がクラウンを売ろうとしたから、マーケットでのクラウンの価格が下がったのです。 つまり、小さな数とクラウンの価値の間には直接の関係はなく、その間にマーケット参加者の判断が介在することで、結果としてクラウンの価値が下がるのです。
このように、ニュースやイベントなどの材料と価格の関係は何かということを、このゲームを通じてよく考えていただきたいと思います。 ときどき、このゲームをして「私は何を売買しているのでしょうか?」と悩む人もいます。今年の授業でもそういう学生がいました。 なかなか面白い問題提起です。皆さんはいかが思われますか?
■マーケットはゼロサム
このゲームをしていて、最後にポジションと損益を計算するときに気づくことがあります。 マーケットは全体ではゼロサム(全部を足せばゼロになっている状態)だということです。 ポジションの合計と損益の合計がゼロなのは、ゲームを始める前と同じ状態に戻ることを意味しています。
ゲームが始まる前は、誰もポジションをもっていないし、誰も損も得もしていなかったのですから、当然、ポジションの合計もゼロ、損益の合計もゼロでした。こうしたゼロサムの状況は、取引を何十回、何百回と重ねた後も変わらないのですし、取引のどの段階で考えても、全員のポジションと損益はゼロになります。 たとえば、AさんがBさんから70円で1クラウンを買ったとしましょう。 Aさんのポジションは1クラウンの買い持ちで、Bさんのポジションは1クラウンの売り持ちですから、足せばゼロです。
また、仮に清算値が(いくらでもよいのですが) 75円だとすれば、Aさんはプラス5円(= 75円 70円)、Bさんはマイナス5円(= 70円 75円)ですから、損益の合計もゼロになります。これがゼロサムです。要するに、利益をあげている人がいれば、その反対側には損を出している人がいるのです。投資家としては、基本的にはマーケットはゼロサムだと考えて、利益をあげる側にまわれるように行動しなければならないのです。
■統計や確率の知識は重要
次は確率です。15枚のカードから9枚選ぶ場合、5005通りの組み合わせが考えられます。 統計的にどの数字になる確率が高いかと考えてみると、71、72、73になる確率がそれぞれ4.54%で一番高くなります。 反対に、出る確率が一番低い数字は45、46、98、99で、それぞれ0.02%です。大ざっぱにいえば、最小( 45)と最大( 99)に近い数字が出る確率が比較的低くて、真ん中に近い数字ほど出る確率が高くなり、68から76になる確率はだいたい40%程度になります。 ただし、確率というのは何千回、何万回も試行した場合にそうなる可能性が高いということで、1回やっただけでは何が出るかはわかりません。 私たちは72近辺になるはずだという先入観をもつのですが、それは思い込みにすぎません。
実際、授業で学生たちがこのゲームをやると、46と47が続けて出るようなこともあります。 これは確率的にはほぼ2500万分の2で、本来はあり得ないようなできごとですが、実際にはこういうことが起こるのです。 ですから、その1回のゲームに限ってみれば、極端な総合計にならないと思い込むのも間違いです。 また、自分がもっている1枚のカードがいくつであっても、それは15分の1の情報にすぎないので、マーケットの価格にはあまり影響がありません。多くの人は、1のカードをもらったら自分が良いカードをもらったと考えて、9枚の合計も小さくなりそうだと予想するのですが、そうとは限りません。自分だけが小さい数で、あとの8枚が大きな数ばかりという状況も十分にあり得るのです。下手に小さな総合計に賭けて売りポジションを膨らませると、大変な損失を被ることにもなりかねません。一部のマーケット参加者が持っている情報と、実際の価格との関連性は私たちの思っているよりも低いのです。
これはある意味ではインサイダー情報と似ています。「自分だけお得な耳寄り情報を手にした」と思ったのが単なる思い込みで、マーケットに何の影響もないことなど茶飯事です。とはいえ、統計や確率の知識は重要です。長期間にわたって何度もゲームをやるのであれば、確率的に可能性の高いところに結果が近づいていきます。 1日に何度も売買して、それを何カ月も何年も継続するのだとしたら、少しでも確率的に有利なやり方を実践すべきだと思います。
■自分の性格がはっきりわかる
最後に、このゲームをやることによって自分の性格がわかるというメリットがあります。おそらく皆さんが感じたのは、やはり損をすれば悔しいし、痛い、という点でしょう。それを極端に強く感じる人もいれば、それほど感じない人もいるでしょう。感情的にプライスを出したり、売買してしまう人もいるはずです。そういったことがわかっていれば、実際に自分がマーケットに参加するときには、どう振る舞えばよいのかが何となくわかるはずです。どういう局面になると冷静さを失いやすいとか、間違いを犯しやすいといったことが頭にあれば、なるべくそういう状況にならないように予防策を講じることができます。たとえば、評価損が膨らむと損切りができなくなるのなら、損が小さなうちに手仕舞いする運用ルールをつくるといった対応ができるのだと思います。
自分の取引における悪い癖の原因である自分の性格を自覚することによって、情動の調整ではなく、問題の解決の糸口が見つかるものです。 今回の連載は、拙著『相場としての外国為替』(東洋経済新報社)の付録、また、『基礎から学ぶデイトレード』(日経BP社)の「第6章模擬取引」から再構成しています。また、『基礎から学ぶデイトレード』には、付録としてCD-ROMにこのゲームのパソコン・ソフトを収録しています。 友人知人で集まって対面でやるばかりでなく、ぜひソフトでも何度かやっていただければと思います。 理詰めのプレイヤー、あまり考えないプレイヤー等々が登場します。 対人の場合とは、また、違った事柄が学べるかと思います。

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