聖書の一番初めの書は創世記ですが、その創世記に出てくるヨセフは奴隷の身、しかも、監獄に入れられている奴隷という最低の身分から、エジプトの王(=ファラオ=パロ)の次に偉い大臣、つまり、事実上、エジプト全土を治める者という最高の身分にまで出世した人でした。
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- 世界最初のFP・ヨセフから学ぶ究極のお金管理術 その1:松島修
- 世界最初のFP・ヨセフから学ぶ究極のお金管理術 その1:松島修

■激動の時代は「目指せヨセフ」だ
聖書の一番初めの書は創世記ですが、その創世記に出てくるヨセフは奴隷の身、しかも、監獄に入れられている奴隷という最低の身分から、エジプトの王(=ファラオ=パロ)の次に偉い大臣、つまり、事実上、エジプト全土を治める者という最高の身分にまで出世した人でした。
そのヨセフの卓越した才能は財産管理でした。財産管理と聞くと、他人の財産を管理することに聞こえますが、聖書によれば、「私たちの財産は神が私たちに管理を委託したもの」なので、自分の財産も他人の財産も同じ考え方を適用できます。
したがって、「ヨセフ」と「ヨセフの主人」との関係を「自分」と「神」の関係に置き換えて、自分の財産の管理方法としてとらえると良いでしょう。
また、財産管理という言葉には積極的なイメージはありませんが、ヨセフは、財産を守るだけではなく、当時の激動の時期である7年間の大豊作と、その後の7年間の大飢饉のときに、エジプト中の財産(通貨である銀・土地・建物・人)のほとんどすべてを掌中にし、爆発的な財産の増大を実現しました。しかも、すべての民から命の恩人と感謝されながら、この財産を14年間で一気につくり上げたのです。世界で最初、そして、最高のファイナンシャルプランナーだといって良いでしょう。
創世記37章1節から最後までの短い箇所ですので、直接、聖書の箇所をお読みいただくと良いでしょう。
財産管理以外にも、ヨセフから学ぶことはたくさんありますが、とくに、卓越した財産管理については、激動の時代に生きる今の私たちが学ぶべきことです。
聖書の一番初めの書である創世記に書いてあるこのヨセフの財産管理法が、聖書の最後の書である預言書「ヨハネの黙示録」に書かれた今の激動の時代に対処できることは特筆すべきことです。
激動の時代は「目指せヨセフ」で大きく利益にしていきましょう。■財産管理におけるヨセフの特徴
ヨセフの生涯を財産管理という視点で見るときに、多くの特徴がありますが、それをひとつずつ見ていきましょう。
ヨセフの財産管理術からは、今の激動の時代の資産管理や資産運用について、まさしく必要な内容が盛りだくさんであり、しかも、かなり大切なことを学び取ることができます。1.試練のなかで錬られた
ヨセフは、物心がついたころから、試練の連続でした。ヨセフは父親から特別に愛されていましたが、兄弟たちの妬みが元で、殺されそうになり、穴に突き落とされてしまいました。そのとき、命は奪われなかったものの、エジプトへ奴隷として売られてしまいました。
そればかりではなく、患難さえも喜んでいます。それは、患難が忍耐を生み出し、忍耐が練られた品性を生み出し、練られた品性が希望を生み出すと知っているからです。この希望は失望に終わることがありません。なぜなら、私たちに与えられた聖霊によって、神の愛が私たちの心に注がれているからです。(ローマ5・3~5)
奴隷として主人に仕えているときに、その主人の妻にはめられてしまい、悪いことをまったくしてないにもかかわらず、監獄に送られてしまいました。あるとき、監獄から出してもらえそうなチャンスがきたと思ったら、その約束を相手が忘れてしまい、そのまま2年間も監獄生活を続けることになりました。
こうしてヨセフは、17歳くらいから30歳くらいまでの間、試練中と艱難のなかにいましたが、その試練を通過することで、忍耐や品性が錬られ、希望も培いました。
人生における試練はその後の飛躍を意味します。長い試練は、その分の飛躍もとくに大きいということになるのですが、まさしくヨセフは、長い試練の後に大きな飛躍がありました。
聖書では、私たちがもっている財産は、自分のものではなく、神から任されたもの、管理を委託されているものという位置づけですので、大きな財産を管理したり、任せられるためには、十分錬られる必要があります。
逆にいえば、若いときに大きな財産をもったり、任されたり管理するのは、いろいろな意味で危険ともいえます。人間ができてないうちに大きな財産を得ると、傲慢・慢心が芽生え、自分の力に頼ろうとする気持ちは極大化しますので、最終的には大きな失敗を招くことになります。
なぜなら、聖書の考え方からすると、富は神の祝福の結果であり、傲慢さがあると、最終的に富は失われるか、富があるゆえに幸福になれないからです。富があっても幸福でない状態のお金持ちがたくさんいることが、それを証明しています。新約聖書には次のような言葉があります。
傲慢や慢心がないということ大事なことは、謙遜です。謙遜がなければ、真の成功にはたどり着けませんし、成功者でも最後に謙遜を失うことで失敗するのです。
さて、モーセという人は、地上のだれにもまさって非常に謙遜であった。(民数記12:3)
ヨセフが子どものときの言動から判断すると、謙遜さが少し足りなかったように見えますので、試練のなかで、謙遜を養ったといえると思います。
歴史的に偉大なるリーダーであるモーセも、謙遜を身につけていました。
謙遜と、主を恐れることの報いは、富と誉れといのちである。(箴言22:4)
同じように、若い人たちよ。長老たちに従いなさい。みな互いに謙遜を身に着けなさい。神は高ぶる者に敵対し、へりくだる者に恵みを与えられるからです。(Iペテロ5・5)
また、史上最大のリーダーシップを発揮したイエスの基本も謙遜です。今、試練のなかにいる人は、将来の飛躍のために試練があるということになります。
2.真面目で誠実
ヨセフは常に誠実であり、真面目に働きました。不遇でも文句をいわず、どのような境遇でも、本来の自分の立場ではない奴隷の身に落とされても主人に仕えました。 ヨセフの最悪の時期で、奴隷の身でさらに監獄に入れられている間も、ヨセフは監守長に仕え、監獄にいる囚人全員を管理し、取り仕切ることになりました。そして、最後には、当時、最強の国であったエジプトの王と同等の最高権威までのぼりつめ、王の立場で国を管理することになりました。立身出世物語としても、波乱万丈のなかでの最高の出世物語といえます。
小さい事に忠実な人は、大きい事にも忠実であり、小さい事に不忠実な人は、大きい事にも不忠実です。(ルカ16・10)
ヨセフは、試練があっても、どんな境遇であっても、いうことにブレがない人、つまり、シンプルな人だったといえます。小さいことに忠実な人は、大きなことにも忠実であるという見本のようなものです。
ヨセフの仕事ぶりを見たゆえ、主人は全財産を任せることになりました。小さいことも忠実に実行して実績を築いてきたために、大きな財産を任せられるようになったのです。
その主人は彼にいった。『よくやった。良い忠実なしもべだ。あなたは、わずかなものに忠実だったから、私はあなたにたくさんのものを任せよう。主人の喜びをともに喜んでくれ』。(マタイ25・21)
お金を扱う者は、真面目で誠実であり、ブレや邪念がなく、小さいことにも忠実である必要があります。逆にいえば、その条件が揃ったときに大きなものが任せられることになります。大きなものとは、財産だけはなく、「世の中での大きな役割」も含みます。
マザーテレサは、大きな財産を与えられたわけではありませんが、それを超えるものを与えられました。ちなみに、彼女はノーベル平和賞の副賞である賞金をはじめ、受け取ったお金をすぐに貧しい人々のために費やし、自分自身には使いませんでした。
小さいことに忠実ということは、会社などで上司が部下に依頼をした小さいことに忠実でなければ、大きな大事な仕事を任せられないことと同じで、目立たないものの大事な資質です。3.高潔だった
ヨセフは体格も良く、美男子であったゆえ、奴隷として売られた先の主人の妻がヨセフに目をつけて、ベッドに誘われるほどでしたが、ヨセフは誘いを、しっかりと断りました。この誘いを断ったゆえに、主人の妻は逆にヨセフを憎んで、「ヨセフに襲われそうになった」と偽証をします。そのためヨセフは主人の怒りを買い、監獄に入れられてしまいました。
あなたがたの神、主の命令、主が命じられたさとしとおきてを忠実に守らなければならない。主が正しい、また良いと見られることをしなさい。そうすれば、あなたはしあわせになり、主があなたの先祖たちに誓われたあの良い地を所有することができる。そうして、主が告げられたように、あなたの敵は、ことごとくあなたの前から追い払われる。(申命記6・17~19)
高潔さは、神の祝福を受けるために重要なことです。そして、高潔さは誘惑や罪を撥ね退ける力となります。
お金や財産を扱う際には、誘惑も多いので、高潔さは財産管理をするうえで基本となる資質のひとつです。頭が良くて知識があっても、高潔ではない人は、財産管理には最悪の事態を招く可能性があります。主人としては、全財産をなくす危険を感じることになるでしょう。
お金持ちには誘惑が多かったり、お金がらみには不正会計やインサイダー取引など不正行為に陥りやすいことから、高潔さが大切な要素であることは感覚的にもよくわかります。高潔さとは、聖書の基本的原理原則を守ることです。
4.不遇でも文句をいわずに仕えた
ヨセフの凄いことのひとつは、目立たないことですが、どんなに悪い状況のなかでも、文句をいわずに仕えたということです。仕えるという資質は、実はリーダーの資質でもあり、大事な要素です。
あなたがたの間で偉くなりたいと思う者は、みなに仕える者になりなさい。(マルコ10・43)ヨセフは、徹底的に仕えて、無実の罪で監獄に入れられても、くさることはありませんでした。多くの人は、不遇な状態が続くと厭世的になったり、投げやりになってしまうものです。仕事も、投げやりで、いい加減になると、他からの評価も悪くなり、仕事や財産を任せられることはなくなるという悪循環に陥ることになります。不遇のときこそ、試されることになります。
ヨセフの生涯は仕えた生涯でしたが、徹底的に仕えたことにより、当時、最強の国エジプトの王と同等の権威と地位が与えられたのです。仕えるプロフェッショナルであったといっても良いでしょう。そして、仕える能力の一端として、具体的に現れたのが、「財産管理」でした。5.ビジョンをもち続けた
ヨセフは17歳ごろに、将来どのような立場になるかを神から夢で示されました。その夢は、ヨセフが父母や兄弟を治める王となり、一家は地に伏してヨセフを拝むことになるというものです。
わたしはあなたがたのために立てている計画をよく知っているからだ。~主の御告げ~ それはわざわいではなくて、平安を与える計画であり、あなたがたに将来と希望を与えるためのものだ。(エレミヤ29・11)
しかし、その夢の内容を兄弟に語ったために、面白くないと思った兄弟たちに殺されそうになり、奴隷として売られることになったのです。さらには、牢獄へ入れられ、牢獄から出してくれる約束を忘れられてしまい、散々な目にあいましたが、ヨセフはいつも希望と期待をもって同じ志でいました。
ビジョンをもち続けるということは大切なことです。しかも、ビジョンは、大きくなっていくものです。神が、次々と新しいビジョンを用意しているからです。ヨセフも最初は家族のなかでの王ということから始まり、最終的にはエジプトの王と同じ立場になり、民を救うという大偉業へと導かれました。ときが進むなかで、どんどん大きなビジョンを与えられたといって良いのでしょう。
このように、ビジョンをもって進むことで、道が開かれることになります。大きなビジョンをもち、それを成し遂げることができる人には大きな財産が任せられるのです。






