8月に入って、米国民間大手の格付け会社スタンダード・アンド・プアーズ(以下S&P社)が、米国の長期格付けを最上位のAAAからAA+に1段階引き下げるとの発表があり、ダウ平均株価が大幅下落するなか、米国債に買いが殺到する様子が予想外あるいは不可解と映ったようだ。
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- 気鋭の経済アナリストが解きほぐす為替変動の深層(真相) 第18回:岩本沙弓
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米国債に資金が集まるのは当然のこと
8月に入って、米国民間大手の格付け会社スタンダード・アンド・プアーズ(以下S&P社)が、米国の長期格付けを最上位のAAAからAA+に1段階引き下げるとの発表があり、ダウ平均株価が大幅下落するなか、米国債に買いが殺到する様子が予想外あるいは不可解と映ったようだ。米国債が格下げなのになぜ米国債が買われるのか、あるメディアは「不思議」と伝え、また一方で「皮肉」と伝えるニュース・ソースもあった。
しかし、これは皮肉でも不思議でもない。債券市場で実際に取引をしている者にとっては、非常事態であれば株が売られ、米国内の投資先と限定した場合に米国債に資金が集まるというのは、これまでの金融危機で何度も目撃してきたことであるし、ある意味当然の結果である。「米国債の格下げ」ではなく、「米国の長期的な格下げ」
そして、日本のメディアを通じてではわかりにくい、言葉の「あや」のようなものがあるので、ますます日本人投資家の皆さまは混乱されたのではないかと思われる。
英語を和訳する場合に、訳す側が英語のニュアンスや、その単語のもつ意味合いを正確に意識していないまま訳してしまうと、受け取る側はわけがわからなくなる、という類のものなのだが、その辺りを少々説明させていただくと、今回の一件で混乱された方も、モヤモヤとしたものがストンと解消されるのではないかと思う次第である。
まずは、当事者であるS&P社のHPに掲載されている格下げの発表のレポートのタイトルをご覧いただこう。
一見、非常に細かい話になってしまい、恐縮ではあるが、それがどう違うのだという声も聞こえてきそうではあるが、この部分こそが混乱の原因ではないかと思われるので、敢えて指摘をさせていただければと思う。
日本のメディアをすべてチェックしたわけではないのだが、個人的に目にした、耳にした範囲では、今回のS&P社の措置を「米国債の格下げ」という表現に終始していたと思われる。しかしながら、同社のタイトルにもあるように、正確には「米国の長期的な格下げ」なのであることに注目されたい。「米国債の格下げ」と「米国の長期的な格下げ」との違い
「米国債の格下げ」と「米国の長期的な格下げ」で、いったい何が違うのか。「米国」とした場合には「米国債」だけでなく、たとえば、サブプライム危機で問題となったファニーメイ(連邦住宅抵当公庫、住宅安定供給を目的に設立された政府機関で民間金融機関の住宅ローン債券の保障業務を請け負う。一時民営化されたものの、サブプライム危機後に米政府の管理下となる)や、フレディ・マック(連邦住宅金融抵当金庫、ファニーメイがカバーしきれない部分に資金供給をすることを目的に設立)といった政府系金融機関の債券や、ミュニシパル・ボンド(米国地方債)などの、いわゆるエージェンシー債と呼ばれるものも含まれることになる。
それを踏まえて考えれば、「米国債」に限定しているわけではないので、S&P社の格下げというのは、いわば米国全体の長期的な格付けが下がったことを意味しているとイメージしていただければよいだろう。英語が苦手という方も、辞書を片手に内容まで読む必要はまったくないので、海外メディアのタイトルだけでもチェックしてもらえればと思う。
S&P社がらみの記事で"US TreasuryBonds Rating(30年債の格付け)"や"USTreasury Notes Rating(10年債の格付け)"という表記は見当たらないはずである。たぶん、多くが"Sovereign Credit Rating(国の信用格付け)"を下げたという表現になっているのに気がつかれるだろう。「米国債」だけを格下げしたのではないというのが、何となく実感していただけるのではないだろうか。
よって、さまざまある長期の債券のなかでも、同じ米国ということならば、より安全な米国債に資金が流れるというのはある意味自然な流れ、ということになる。そこで、格下げ発表と同時に、米国債がリスク回避から買われたのである。米国債以外のエージェンシー債券のリスク拡大懸念
米国の場合は、ファニーメイやフレディマックといった政府系機関が直接資金調達を目的として発行した債券には、これまでは連邦政府からの救済保証がされているという暗黙の了解のようなものがあり、米国債に次いで高い信用力を誇ってきた。
その信用力もサブプライム危機以降揺らぐことになるのだが、今回の措置で今後なんらかのきっかけがあれば、売りを浴びる危険性がさらに高まったといえる。米国債の買われる背景には、S&P社の格下げによってリスクが顕在化するのは、米国債以外のエージェンシー債券なのではないかと市場が懸念していることにもなろう。
そこで、こういった債券を大量に保有している機関こそ、今後要注意ということになる。また、さまざまな格付けの債券がミックスされたような債券ファンドの運用をしていれば、全体の平均格付けを維持するために、低格付けの債券を売り、ランクが落ちた米国債の購入量を増やすことで全体の比率を上げる必要にもかられる。こういったテクニカルな米国債の買い需要も格下げによって逆に喚起されたと考えられる。情報は多ければ良いというものではない
FX取引をされるうえでさまざまな解説を目にし、耳にするかと思うが、今回の一件を利用するなら、「米国債」ではなく、「米国の長期格付け」の違いを意識して解説されているものが良心的な情報ソースとして今後も信頼できるはずである。
余談ではあるが、現在は情報過多で、しかも、玉石混合であり、いったい何を信じていいのかわからない、という相談を個人的にはよく受けるのだが、情報は多ければよいというものではない。情報をあえて遮断するのも意味がある
情報をあえて遮断するというのもひとつの手段であるとさえ思うと申し上げると、驚かれることもしばしばだ。実は2000年頃、それまで使っていたテレビが壊れてしまったことがあった。もともと日本のテレビ番組を見ることがほとんどなかったために、ついつい買わずに3~4年やり過ごしたのだが、それでも相場取引には何ら影響はなかったし、むしろ、その間のパフォーマンスはよかったのではないかと思うくらいである。
それは、私が現役のディーラーであり、プロの間の情報があったからではないか、と思われるかもしれない。しかし、当時から私が見ているのは、今皆さまが簡単に入手できるような情報といささかも変わりはない。
ロイターやブルームバーグでひっきりなしに流されるテロップであり(そのなかで「これ」というものをピンポイントで嗅ぎ取る動体視力のようなものは確かにあったかもしれないが、それは長年相場に携わればどなたでも身につくものであると思われる)、インターネットを通じての海外メディアの情報であり、チャートである。情報は3つのソースだけで十分だ
情報の分析を強固にするという点においては、現役時代から話を聞く相手は3人(3つのソース)で十分だと思っている。その3人はもちろん、素晴らしい情報分析能力をもっていなくてはならないのだが、その3人さえいてくれれば、必要な情報だけがコンパクトに集まってくるのである。
取引をするうえで必要なのは、後講釈でも、外した相場動向の言い訳でもないし、ましてや、今の相場を動かしている本質的なテーマから目を背けたような議論でもない。そういったいわば贅肉のような部分をいっさいそぎ落とした情報だけが必要なのである。
筋肉質の情報を提供してくれる3人、というよりもその3人の感覚が研ぎ澄まされている結果、話をしていると有益な情報だけがこちらに伝わってくるという感じなのだが、その先には、それぞれ秀逸な3人の情報提供者が存在する。その9人の先には洗練された、ピンポイントの情報だけに反応する3人がそれぞれにいるはずなのである。
だからこそ、たとえ、相場を実際に張っていなくても、著名人でない場合が多いのではあるが、情報収集や何かを嗅ぎ取る能力のある3人の話さえ聞いていれば、今何が起こっているのか、相場を動かしている本質は何なのか、これから何を注目すればよいのか、そういったことが自ずとわかるのである。極端な話、「何か嫌な感じがするんだよね」という何気ない一言さえも、彼や彼女の経験に裏づけられている貴重な一言なのだ。
その3人を見極めるのは、やはり、データを正確に読む力をもっている人物であり、恣意性を極力排除して話してくれる相手ということになる。恣意性を排除するがゆえに、世間ではAというコンセンサスができ上がっているが、データを見る限り、そして、プライス・アクションをみる限り、「嫌な感じ」がするという具合だ。そして、自分の手元のデータと摺合せをする。チャートがなんといっているのか教えてくれ!
ディーラー仲間がよくチャーティストに向かっていっていた言葉を思い出すのだが、「お前の個人的な相場観などどうでもいいんだ。お前が見てるチャートがなんといっているのか、それだけを教えてくれ!」。情報を抽出する作業が何たるかが、この言葉にすべて現れているように思う。
評論家といわれる人たちは往々にして、自分のこれまで述べてきた見解に一貫性をもたせようとする傾向があるため、現状や今後の分析にバイアスがかかってしまうことが多いのである。真面目な人であればあるほど、その傾向は強いだろう。
しかしながら、相場に一貫性はなく、テーマもその時々で目まぐるしく変わるものである。軽佻浮薄と思われても、自分は間違っていたと認められるほうが、むしろ分析としては正確といえるかもしれない。シナリオ転換のポイントはどこか具体的な数字がでれば信頼できる
助長ついでにもうひとつ。相場分析をされる方は数多くいらっしゃると思うが、重要なことは、その方が売り・買いという方向性を示すことよりも、いったいどのポイントでそのシナリオが崩れるのかを明確にしているかどうか、ということに尽きる。
たとえば、「ドル/円」がブル転するとおっしゃる人がいるとしよう。その方にはその方なりの相場観があり、それを裏づけるデータやチャート分析をおもちのはずなのである。だからこそ、ドルはここからは買い、と言い切る自信があるのだ。ということは、いったいどのポイントをブレークすれば、どんな材料が出れば、逆にベア転しなければならないのか、それもはっきりしていることになる。
人間は過ちを犯す動物である。しかも、悲しいことに何度も同じ過ちをしてしまう、というのは取引をされている方なら誰しも実感として感じられることであろう。だからこそ、自分のシナリオを転換させるポイントを見極めておられるかどうか、ということのほうが重要なのである。
具体例として、「ドル/円」が一度史上最高値の76.25円をつけ、再度70円台に下落してくる前のことになるが、チャート的には非常に微妙であった。協調介入が実施され、「ドル/円」は85円台まで戻したが、そこでのポイントは2つ。
確かにあの時点では協調介入のインパクトは強烈で、ドルベア派もブル転せざるを得ないような状況だったかもしれない。しかし、チャート分析に忠実であるならば、強力なドルブルサインとなるためには、2010年9月16日に6年半ぶりに再開された為替介入の際につけた高値をしっかりと抜けてクローズしなければならないということ。すなわち、86円台に価格がステイできるかどうかという点がまずひとつ。
そして、たとえ一回目で86円台を見なくても、「ドル/円」がジリジリと下がってくる段階で、介入直後の3月22日~23日につけた80円台後半を割り込まないことが2つめのポイントということになる。
しかし、ひとつ目のサインはドル・ブル転を示さなかったし、2つ目のサインを割り込んだことで、少なくとも目先ドルが買われるよりは、ドル売りのリスクが高まったという判断となる。つまり、80円台後半がドル・ブル派の転換ポイントというわけだ。
相場分析には真摯に耳を傾けつつ、「ところで、そのシナリオが崩れるポイントはどこですか?」とお聞きになってみるとよいだろう。きちんと「ドル/円」の80台ミドルです、あるいはユーロの1.4です、などと具体的な数字を出してくれれば信頼できるし、さらに、「ではそこでベア転されますか?」と聞くのもよいかもしれない。
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