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人工知能と相場とコンピューターと|第10回 インターネットの登場[奥村尚]

人工知能と相場とコンピューターと|第10回 インターネットの登場[奥村尚]

インターネットの前身ARPANETとは?

 第5世代コンピュータプロジェクトは1991年には目標を達成できずに完了した、という前回の話は日本だけのことですが、米国でも状況は同じでした。1980年代末に既に国防高等研究計画局(DARPA)という国防総省の技術開発研究を行う機関では、AIへの資金供給を停止していました。あまり期待できない、という理由です。

 DARPAという組織は、一時的にARPAという名称で活動していましたが、こちらの名前の方が世界にとどろいています。「ARPANET」があったためでしょう。

 ARPANETは、インターネットの前身となったネットワークシステムです。ARPAが資金を提供する全米の大学、研究所を網羅する巨大なネットワークで、これ自身が実証研究の場でもありました。1969年10月29日、UCLAからスタンフォード大学にloginする試みからスタートし、1973年に全米を網羅します(画像①)。

初期(1971年)のARPANET

https://networkencyclopedia.com/arpanet/

 データ通信の基盤として、当時主流であった回線を電話のように通信の都度つなげて占有する回線交換ではなく、専用回線を時分割で多数の利用者が同時に使えるよう、「パケット通信」と呼ばれる情報を一定の切り刻みに分断し伝送した上で、パケットを伝送先で再度元に戻す、という技術が実用化されました。

 パケットは小包という意味で、大きい情報を小包に分断し、ナンバリングした上で、それを順不同で運び、現地で再び元の大きな情報に復元するという意味でした。その発展として、経路の途中で仮にいくつかのパケットが届かない場合でも、その部分だけを再送することまでを自動化する「TCP/IP」と呼ばれる方式も、1983年にARPANETで標準化されました。現在のインターネットの基になった技術です。

 この時代、ネットワーク機器や通信制御方式は各社が勝手に開発を進めていて、全く互換性がなかったために、国際標準化機構(ISO)が通信方法の標準化を定め、OSI(Open Systems Interconnection)と名づけています(1984年)。日本もこれに従っていたのですが、TCP/IPは既に米国で標準化され普及し始めており、しかも急速に利用が拡大したので準拠製品は全く普及しませんでした。

 当時、私は学生でネットワークのことは何も知らず、OSIモデルは試験に出るので(使う意味すら分からずに)頭だけで一生懸命覚えて情報処理試験を受けたのですが、そんな知識は無意味でした。

 ARPANETでは、1971年に電子メール、1973年にファイル転送(FTP)、1977年に音声転送をネットワーク上でやりとりできるようになっていました。電子掲示板(BBS)も実現しており、その時代に既に机上のコンピュータから全米の研究者とアクセスできていたのです。日米の差は当時から大きかったということです。

 1990年、ARPANETは解散し、米国で商用サービスが解禁されました。1991年には、WWW(World Wide Web)と呼ばれるホームページ閲覧手段が開発され、米国では「情報スーパーハイウェイ構想」が当時のゴア上院議員により発表されます。1993年にはWebブラウザ(NCSA Mosaic)が誕生し、ホームページが普及します。

 1988年、日本でも大学間でWIDEプロジェクトという大学間ネットワークが発足します。ここの研究者が中心となって、インターネットサービスがスタートしたのが1992年でした。こうした動きは1990年には欧州にも広がります。

 ネットワーク機器では、CiscoSystemsの製品(画像②)が1990年代は圧倒し、特にTCP/IPが主流になってからは、主要機器を世界で独占する地位を確立します。1990年に上場したとき2億2400万ドルの時価総額でしたが、2000年には一時5000億ドルを超え世界一になりました。シリコンバレーの企業です。

Cisco Systems最初の製品(Cisco AGS)

高額な機器がインターネットの普及で飛ぶように売れた。赤い橋はゴールデン・ゲート・ブリッジで、その後Ciscoのロゴの基になった。

https://community.cisco.com/

 この時代から、技術はネットワークが先行し、あとからコンピュータが、そのネットワークの性能に追いつく、という構図ができあがったように思います。

 1990年ごろにインターネットを利用するには、TCP/IPを実装した高価なワークステーションに加え、TCP/IPを制御する高価なネットワーク機器や、研究開発や金融機関内部でのトレーディングなどが必要な時代でした。

 個人ユーザがインターネットを普通に使えるようになったのは、「Windows95」が登場した1995年でした。それまでも「Windows3.1」という名で一応存在していたのですが、それはいわゆるMS-DOSの上で動かすもので、ネットワーク機能が装備されず日本語の実装も不十分、PCに依存した(NECでのみ動くような)アプリがまだまだ多かったのです。それがWindows95 によって全て解決されました。

 今では、普通に個人がインターネットを使ってFXトレードや証券トレードをしていますが、システム環境が整い始めたのは1990年代だったのです。

プロが使うシステムは三機能に分けられる

 ここで、トレーディング機能について掘り下げてみたいと思います。金融機関はトレーディング(あるいはディーリング)を自己資金で行います。トレーディングとディーリングは同じ意味ですが、証券会社がトレーディング、銀行がディーリングという言葉を主に使っていたようです。プロが使うトレード機能とは、一体どういったものでしょうか?(大手インベストメントバンクは、FXやOTC商品では値づけの責任者としてマーケットメイクも行いますが、複雑になるので今回はオミットします)。

 まず、プロが使うトレーディングシステムは、フロント、ミドル、バックの三つの機能に大きく分けられます。フロントとは価格情報を提示し意思決定をした上で発注するための機能、ミドルとはポジション管理とリスク管理をする機能、バックとは決済代金処理や帳票伝票(勘定系との接続や法定伝票出力)です。それぞれ、見ていきましょう。

①フロント機能

現在の価格の提示(クォート)

 価格提示は、市場ごとに多少異なります。例えば、個人向け機能であればドル円レートは一体どこから持ってきたレートであるか明示されず、情報源はFX会社に一任されます。しかし、プロのトレーディングシステムでは情報源ごとにレートを独立して取得します。株式やFXレートは、同じ銘柄でもブローカーごとに価格が違うわけです。それを利用して割安なレートを買い、同時に割高なレートを売るアービトラージも行えます。その速度は非常に早く、コンピュータで高速に行いますが、対象は同じ通貨とは限りません。例えば、割安なレートでドルを買うと同時に割高なレートでポンドを売る。少し時間がたって、割高/割安が解消されるとただちに反対売買を行う、ということを自動化できます。

情報加工と投資行動の直結化

 リアルタイムのマーケットプライスに対し、それをトレーダーが独自に加工し、ある種の金融モデルを作り、投資意思決定をします。例えば、ドル円が示唆する金利レートと、日経平均/NYダウが示唆する金利レートを比較し、実際の米金利を見て瞬間的な価格のゆがみを発見したと同時にオプション商品や先物の売買を成立させるなどです。ヘッジファンドであれば一目均衡表の下限境界に近づいたら一定のインパクトを計算し一目均衡表の信奉者に売り浴びせ、計算通り下がったところで買い戻す、などといったリスクアービトラージも行います。

注文

 どの値段で、いくつの単位を売るか買うかというのは、個人向け機能と同じです。大きく違うのは、注文した売買が成立しない場合、価格を上げ下げして、とにかく約定を優先させる機能が充実していることです。例えば、ポンドドル、NYダウ、日本株30銘柄を1バスケットで買い注文をしたとします。バスケットトレードというのは、かごの意味で、かごの中身を事前に定義しておき、全体を一つの商品として売買することをいいます。事前に周到に最適化計算されたものであり、かごの中身は設計と寸分も違わぬ内容にしておかなければなりません。

 しかし、現実には例えば30銘柄の一部だけが、なかなか約定できない現象が起こります。そのために、約定できない銘柄のみを選択して一定ルールで指値変更し、少しでも約定させる機能があります。また、そのときの約定確率を独自のモデルを使って推計します。もし、どうしても約定できない場合、約定できない銘柄を除外して最適化を再計算し、他の代替銘柄を置き換えて(価格や比重の相違を再計算し)発注することで当初の投資戦略を達成させる、ということも行います。

②ミドル機能

 いったん約定した商品は、ポジションとして管理するのはプロも個人も同じです。しかし、個人になくプロにある機能として、ポジション管理の機能が最も大きな意味合いがあると思います。

 既に約定した商品は、いずれ反対売買する必要があります。どのような表見になったときに損益がどのようになるか、いろいろなシナリオを基にあらかじめ算出し、それを発注として即断しないといけません。米国の金利が0.01%下がり、英国の金利が0.005%上がった場合、手持ちの商品のポジションの時価がどのように変化するのかをシミュレートし、あらかじめ決められた損益を超えたときに自動発注してリスクを限定する、という機能がここでは必要になります。

 先物やオプションでヘッジする場合の商品パラメーターや、VIXやリスクから想定される価格変動の確率分布の見える化機能もここに集約され、発注と直結することでポジションのリスクを極小に、リターンを極大にします。

③バック機能

 会社としては自己売買と顧客注文は当然、完全に分離して管理されますが、取引所への注文を行う場合、その区別はないので、自社でフラグ(識別子)をつけて管理します。また、法律で定められる法定伝票(電子化されています)や、各種帳票のバックオフィス機能がトレーディングシステムとして既存のシステムに統合されます。

 私が証券会社でトレーディングシステムのデザインを手掛けた時代は、既存システムはメインフレーム、トレーディングシステムはワークステーションであり、ハードも通信体系も大きく違うシステム間統合が必要でした。加えて開発運用のスタイルや部署間文化の相違も加わり、多様な調整が必要であったことを思い出します。

※この記事は、FX攻略.com2021年1月号の記事を転載・再編集したものです。本文で書かれている相場情報は現在の相場とは異なりますのでご注意ください。

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奥村尚
おくむら・ひさし。1987年工学部修士課程修了。テーマはAI(人工知能)。日興証券で数々の数理モデルを開発。スタンフォード大学教授ウィリアム・シャープ博士(1990年ノーベル経済学賞受賞)と投資モデル共同開発、東証株価のネット配信(世界初)。さらにイスラエルのモサド科学顧問とベンチャー企業を設立、AI技術を商用化し大手空港に導入するなど、金融とITの交点で実績多数。現在はアナリストレーティングをAI評価するモデル「MRA」、近将来のFXレートをAI推計する「FXeye」、リスクとリターンを表示するチャート分析「トワイライトゾーン」を提供。日本の金融リテラシーを高めるため、金融リテラシー塾を主催している。 趣味はオーディオと運動。エアロビック競技を15年前から始め、NACマスター部門シングル9連覇、2016年シニア2位、2014~2016年日本選手権千葉県代表、2017~2018年日本選手権 マスター3準優勝。スポーツ万能と発言するも実は「かなずち」であり、球技も苦手である。座右の銘は「どんな意思決定でも遅すぎることはない」。
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