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人工知能(AI)と為替(FX)|ヘッジファンドの最先端情報[月光為替]

世界最大級の投資銀行ゴールドマン・サックスでは、2000年に600人いたトレーダーが、2017年にはわずか2人に。トレードする人間はAIに取って代わられている――という情報を見聞きするようになりました。そうした情報により、人間の能力を凌駕したAIが市場から利益を吸い上げる、そんな時代になったのだと想像する人も少なくないようです。果たして、現実はどうなのでしょうか?

この企画では、本邦ヘッジファンドでAIを開発する月光為替さんと、AI搭載型自動売買を完成させたHaluさんにご協力いただき、「そもそもAIとは何なのか」「市場で何をしているのか」といった、基本的な情報の整理を試みます。

<参考>
MIT Technology Review / As Goldman Embraces Automation, Even the Masters of the Universe Are Threatened

<Haluさんの記事>
人工知能(AI)と為替(FX)|AI搭載型自動売買[Halu]

最前線にいるAI開発者の目に映る現状とは?

本誌の公式ウェブサイトで、週に一回の連載を担当している月光為替さんは、本邦ヘッジファンドに所属する人物。サイトではその知見に基づき、トレード手法やファンダメンタルズなど、基礎的な情報をまとめていただいています。そんな月光さんは、昨年からAIの研究・開発に携わるようになったそうです。果たして、ヘッジファンドはAIに対して、どのような取り組みをしているのでしょうか。最前線の開発者の目に映る現状を、教えてもらいます。

月光為替|本邦ヘッジファンドでAIを研究開発

現役ヘッジファンドトレーダー。FXで毎月200~300pips、金額ベースでは1~2億円を安定的に稼ぎだした経歴を持つ。現在は日本株運用がメインで、引き続き個人資産でもFX取引を継続中。会社に内緒で、月光為替の名で活動、厳しい言葉のなかに相場の真実が見え隠れする個人投資家の味方。

公式ブログ|月光為替の勝利のFX

本当の人工知能にはディープラーニングしかなり得ない

編集部 ヘッジファンドの動向は、なかなか表舞台で語られることがありません。月光さんを含め、世界のファンドは、どんなAIを開発したり、市場に投入したりしているのでしょうか。

月光為替 前提として現在、「AI=人工知能」という言葉があまりにも広い意味で語られることが多く、その定義が曖昧だと感じています。私は、本当のAIはディープニューラルネットワーク、つまりディープラーニングを使って何かの分類問題を解くというものに限定して、話を進めるべきたと思っています。でも、現実では機械学習を広義のAIとして語り、さらには機械学習すら使っていない旧来のクオンツ運用すらもAIに含めてしまう人もいるから、話がごちゃごちゃになっているんです。

一般的には、広義のAIに機械学習とディープラーニングが含まれるという説明がされていますが、はっきり言えば古い機械学習はどう進化させても人工的な知能にはなり得ません。これをAIに含めてしまうと、何でもAIになってしまいます。そうではなく、新しい技術であるディープラーニングだけが将来的に人工知能になり得る可能性があるので、これをはっきりと区別してAIと呼ぶべきだと思います。

編集部 よく解説されている広義のAI論はやめて、ディープラーニングのみをAIと定義しましょう、ということでしょうか。

月光為替 そうですね。何でもかんでもAIという時代は卒業しましょう。金融の世界でいえば、機械学習していればAIだという人もいますが、そもそも機械学習自体は海外のクオンツファンドが十数年前から行っているものであって、目新しくはありません。

AI運用というものを、皆さん思い違いしているようです。AIが自律的に全ての運用をするというのは、どのファンドでも実現できていません。現実では、値動きの予測をする上で、今まで人間がやっていたところを、AIに置き換えているに過ぎないんです。運用の背後には必ず人間がいるわけで、いわばAIを一部分で駆使しているという表現になるでしょうか。

編集部 多くの人は、自律的にトレードするAIを想像しているようですが、そんな高性能なAIは存在しないと。

月光為替 そうですね。為替取引を例にざっくり説明すると、人間は3段階の思考をしています。それは、① どの通貨ペアを、② どのタイミングで、③ どのように取引するか(保有期間や決済注文の選択、利食い、損切り幅の調整など)、という思考です。この③の段階、つまり「How」の部分を自律的に思考ができるものこそ、真の人工知能と呼ぶにふさわしいものです。ところが、この部分はディープラーニングの分類問題にしようがないというのが現時点での私の見解です。AIは①②の部分までしかできません。結局、③の部分は人間がロジックを考えるしかないんです。

ですから、投資においての汎用人工知能を作って稼がせるというのではなく、これがあったら便利だよねという情報を抽出するためのAIをたくさん作って、それをうまく使いこなすファンドが、より優位になると、われわれの世界では言われています。

編集部 AIは、トレーダー役になるのではなく、アシスタント役になるということですね。

月光為替 そのようなイメージです。例えば、あるクオンツファンドでは、AIを使ってGDP(国内総生産)の予測をし、それを基にトレードをしています。もともと人間が予測していましたが、AIにやらせた方が精度が上がるわけです。そしてその予測を得た後のトレードは、人間の判断となる。そのファンドが優秀な成果を上げるとすれば、AIが凄いのではなく、予測を導きそこから優位なトレードを実現する、裏側の人間の知見が凄いんです。

編集部 ところで、よく聞くHFT=超高速売買や、テキストマイニングは、AIであるという文脈で語られることが多いですが、いかがでしょう。

月光為替 HFTについては、2000年ごろからありますから、それを指してAIというのは乱暴ですね。おそらく当時の機械学習でいえば、迷惑メールを振り分けるレベルだったのではないでしょうか。そもそも機械学習が発展し、ディープラーニングが登場したのは2012年ごろからの話です。現時点で、HFTにAIを有効利用しているところはあるでしょうが、一般的に言われるところのHFT=AIというのは違います。

同じように、もう一つのテキストマイニングについても旧来のクオンツの一形態に過ぎず、その精度は説明変数を用意する人間に依存しますから、これをAIと呼ぶには問題ありでしょう。いずれにせよ、AIの定義をあいまいにしたまま記事を書いてしまうマスコミが、現在の混乱を招いている原因であると言えますね。

AIへの幻想を捨て正しい現状認識をすることが重要

編集部 月光さんの現在の取り組みを教えてください。

月光為替 所属するヘッジファンドでは、AIの開発メンバーとして日夜研究しています。トレードは午前中に済ませて、その後は夜まで研究できるという環境を用意してもらっていて、この点ではとても恵まれていると感じています。それと並行して、個人的運用のためにも研究しているところです。

ファンドでは個別株中心となりますが、個人運用では為替を対象にしようと考えています。というのも、為替は株よりも説明変数が少なくて済むことが、与しやすいと考えるからです。基本的には価格と経済指標、加えるならニュースを説明変数にすれば良いだけなので、それ以上に情報が複雑な個別株よりもやりやすいんです。

そして、為替は「How」の部分の勝負となりますから、自分なりのアイデアで優位性を見いだしたいと思っています。私のブログでも公表しているように、試したいロジックをどんどんと準備している最中です。予定としては五つくらいを同時に走らせて、12~15%の年利を得られるよう目指しています。

AIといっても、アルゴリズム自体はコンピューターサイエンスの素養があれば、誰でも作れます。そこで重要となるのは、何を分類させるかのセンスと、その分類問題を解くのに必要な説明変数を選ぶセンス。それと何千とモデルを回して、フィットする期間を見つけるとか、説明変数から次元圧縮したりだとか、そういう細かい調整を繰り返して、やっと良いものが一つ見つかる。それを地道に続けることです。

編集部 端的に、AIで何をしようとしているのでしょうか。

月光為替 いくつかアイデアがあります。詳細はさすがにお話しできませんが、ざっくりと言えば、一つはローソク足の何本か先が、上がるのか下がるのか、というチャートの予測。その他には、複数のロジックを同時に走らせ、その行列の中から勝ちやすいところを抜き出す、といったアイデアなどですね。あとは、AIを使わない、数学的なアルゴリズムのアイデアもあります。いずれにせよ、クオンツの域は出ていないですね。

編集部 では、このAIブームがどう進んでいくと見ておられますか?

月光為替 現在の環境下において、真の人工知能は完成しないでしょうから、現実的にはディープラーニングをどうトレードに生かすべきかという、知恵の部分での競争になるのではないでしょうか。ディープラーニングは、説明変数とモデルが全てだといっても過言ではありません。それを選ぶ人間のセンスが問われるんです。

現実として、今はどのファンドでも試行錯誤している最中でしょう。AIにより好成績を残したというニュースがあったとしても、そもそもファンドというのは5~6年のトラックレコードがなければ勝っているとは言いませんから、その期間を確認してみてください。1~2年の成績では、話になりません。

編集部 個人投資家の目線だと、いかがでしょう。

月光為替 詐欺に類する商品が蔓延するでしょうから、一般の方にはだまされないようになってもらいたいです。金融の世界でAIの名が付いた商品が登場し始めていますが、そのAIとは何なのか? 古い機械学習なのか、ディープラーニングなのかを確かめてください。

もっと突っ込んで言えば、どういう分類をしているのか、どんなアルゴリズムを使っているのか、説明変数は何か、次元圧縮は何か、といったところが重要です。ただ、一般的な機械学習であれば内部での処理が分かるのですが、ディープニューラルネットワークになると分からないという側面もあるんです。ここを詐欺に悪用されてしまうことを危惧しています。

それと、金融に限らず、どんな業界でもAIという名の付いた商品や製品が数多く登場しています。これは、AIという名前を付けるだけで、消費者が何だか凄い物だと勝手に思ってくれて、物が売れてしまう現状があるからなんですね。そんな状況ですから、誇大表現であったり、詐欺であったりするものも増加しています。皆さんにはぜひ、「AIが付いているから凄い」と無条件に受け入れずに、「何をもってAIとしているのか」という視点から、冷静な判断をできるようになってもらいたいです。

ポイント① 一般的なAIの説明図

AIという包括的な概念の中に機械学習があり、その中にディープラーニングがある、というのが、一般的に語られるAIの世界です。ディープラーニングは2012年ごろから活発になった研究です。

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ポイント② 正しいAI観を持つための比較

人間の能力を凌駕したAIが、さも荒稼ぎをするんだろう…といった、一般的に想像されがちな姿は、現実に即していないそう。現時点でのAIの背後には、それを操る人間がおり、クオンツ運用に利用しているのです。

ポイント③ 機械学習の概略

一般的に数学で習うのは、関数に何かしらの値を入力(原因)して、出力(結果)される値を計算する順問題。そうではなく、入力と出力の値から、それに矛盾しない関数を見つけようとするのが逆問題。機械学習は、後者を行います。

人工知能(AI)用語解説

ディープラーニング

機械学習の一つで、多層構造のニューラルネットワーク(ディープニューラルネットワーク)を用いた手法。ニューラルネットワークとは、人間の脳神経回路を模したアルゴリズム。これを多層に積み重ねるため、深層学習、ディープラーニングと呼ばれます。

分類問題

機械学習の代表的な使い方。分類問題は、データを何かしらのカテゴリに分類すること。身近で思い浮かべやすい例では、電子メールを迷惑メールか否かにラベリングすることが挙げられます。

機械学習

人間が行っている学習を、コンピューターで実現しようとする技術のこと。コンピューターがデータを反復して学習し、自律的洞察をします。これにより、人間の情報処理能力を超えるような、データの分類、予測が可能となります。

クオンツ

「Quantitative(数量的、定量的)」な分析に基づいて運用を行うこと。高度な数理モデルや統計理論による価格分析を重視してトレードを行います。これに基づいた運用をするファンドのことを、クオンツファンドと呼びます。

汎用人工知能

人間のような思考を再現した、いわゆる「強いAI」のこと。汎用人工知能(AGI、Artificial General Intelligence)。

HFT

High Frequency Tradeの略称で、日本語では超高速売買、高頻度取引などと訳されます。最近の金融市場では数百ナノ秒(1ナノ秒=10億分の1秒)で売買が執行されていると言われています。

テキストマイニング

巨大なデータから、有用な知見を見いだそうとするデータマイニングの一種。ニュースやSNSなどのテキストデータから、特定の単語や文節を区切り、それらの出現頻度や相関関係、傾向といった情報を分析します。

説明変数

データ分析で用いられる用語。説明変数は原因側のデータ。その反対側にあたる結果側のデータは、目的変数と呼ばれます。なお、この説明変数が多ければ良いというわけではなく、ある程度絞らなければ過学習という状態に陥ることも。

アルゴリズム

ある問題を解くための、計算方法のこと。問題を解くための手順を定式化したもの。コンピューターをアルゴリズムに基づいて動作させるには、プログラム言語でアルゴリズムを記述します。広義では手書きのフローチャートもアルゴリズムといえます。

コンピューターサイエンス

計算機科学のこと。森羅万象あらゆる問題をコンピューター上の計算手順に転換することにより、法則性を発見したり、有用な物を作り出したりする学問分野。理学、工学、数学の分野にまたがります。

モデル

機械学習のアルゴリズムのこと。説明変数と目的変数を結ぶ数式。モデルによって得意分野、不得意分野があり、そして予測の精度や要する時間に差異が生まれます。

次元圧縮(削減)

説明変数の数を減らすこと。データの量が多すぎると過学習となり、学習データでは優秀な成績となる一方、テストでは成果が上がらなくなってしまう…といった状態に陥りやすく、それを防ぐために行います。

※この記事は、FX攻略.com2017年7月号の記事を転載・再編集したものです

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