米国経済はバブル化する?
本稿は、米大統領選の投開票日よりも前に執筆したもので、果たして現職のトランプ氏と前副大統領のバイデン氏のどちらが勝利を収めたかは、この時点で判明していない。
もっとも、本稿が読者の皆様の目に留まる頃になっても、まだ最終決着がついていない可能性も大いにある。いずれにせよ、そうした段階でも言えることは数あり、その一つは「どちらが次期米大統領に就任しても、かなり大掛かりな財政政策が米国で打ち出されることは確実である」ということである。
むろん、その資金使途は大きく異なることになるのだろうが、財政規模は大よそ2兆ドル前後と見られており、選挙が行われる以前から、その効果に対しては大いなる期待が寄せられている。
なおもコロナ禍は目の前で猛威を振るっており、追加の経済対策が不可欠であることは言を俟たない。そして、米連邦準備制度理事会(FRB)が司る米金融政策の方は、十分すぎるほどに緩和的なものとなっている。
米連邦公開市場委員会(FOMC)の参加メンバーらが9月の会合で予想した金利水準は「概ね2023年いっぱいは実質ゼロ金利の状態が続く」というもので、そのことを前提に大掛かりな財政政策が打たれれば、米景気は着実に回復する可能性が極めて高いと言える。もちろん、2021年の春先ぐらいまでには、幾つかの新型コロナに対応するワクチン候補が実用化への道を歩み始めている可能性も大いにあろう。
そうなれば、米景気回復の加速度は増し、むしろ米国経済が本格的にバブルの様相を呈する可能性も決して低くはないと見られる。そうでなくとも、本稿執筆時点で米住宅市場は“ややバブル気味”となっており、米株価においても一段の上値余地があるものと期待されている。
バブルの実態部分というものは、往々にして「資産バブル」の色合いが濃くなりがちであり、米国の住宅価格や地価全般、加えて米株価などというものは一時的にも「買うから上がる、上がるから買う」のパターンをしばらく繰り返すこととなろう。
同時に、米国債から株式への資金シフトが急になり、債券価格が大きく下落するととともに米債利回りは大きく上昇する可能性が高い。コロナ禍がなければ、こうした状況を横睨みしながら、ほどなく金融政策が正常化から引き締め方向になびくのが当然の帰結であり、そうしているうちにバブルは解消、あるいは崩壊するものなのだが、今回はそういうわけにも行かない。
止む無く、米金融政策の対応はかなり後手に回ることとなり、しばらくはメラメラと燃え上がるバブルの炎を傍観する格好になるものと思われる。
「良い上昇」と「悪い上昇」が混在するようになる米金利
米国債から米株式への資金シフトで米債利回りが上昇する。その時点で米国経済は極めて好調に推移しているはずであり、これは所謂「良い金利上昇」と言える。
そして、そこにもう一つの要素が確実に加わる。それは、言うまでもなく米国の将来的な財政悪化と債務膨張への懸念の高まりに伴う「悪い金利上昇」である。
執筆時点の想定になるが、超党派の米シンクタンク「責任ある連邦予算委員会(CRFB)」の分析によると、トランプ氏とバイデン氏のどちらが次期米大統領に就任しても、米国の国家債務は向こう10年で大よそ5兆ドル膨らむという。もちろん、執筆時点は「そんな心配をするべき時ではない」(ムニューシン財務長官の弁)わけであり、必要な財政出動が待たれる。
なお、米財務省が発表したところによると、2020会計年度(2019年10月~2020年9月)の財政赤字は、過去最悪の3兆1320億ドル(約330兆円)に達したという。赤字幅は前年度の3倍強となり(図①参照)、連邦政府債務も27兆ドル弱と過去最大になる。
出典:10月17日付日経電子版より
財政状況の急激な悪化によって、当該国の国債に売り圧力がかかるのは当然の帰結であり、それが国債利回りを大きく上昇させることで、所謂「悪い金利上昇が生じる」のである。
ただ、そこで生じる金利変動には「良い上昇」の部分もある。そして、市場はときに「良い金利上昇」と「悪い金利上昇」を巧みに使い分けるようにもなるであろう。ただ、場合によっては双方を混同してしまうこともままあり、その点は心得ておきたい。
いずれにしても、このような状況下になると、これまでのような「リスクオンのドル売り」であるとか「リスクオフのドル買い」などといった解釈は、なかなか通用しなくなる。良かれ悪しかれ金利は上昇し、むしろ市場では「米金利上昇に因ってドルが買われた」といった講釈が幅を利かせるようになると思われる。
結果、米金利の上昇は正しくドル買い材料ということになる公算が大きい。むろん、これから米国が巨額の財政赤字と政府債務を背負って行くからには、やはりドルは強くあることが重要となる。当面は、海外から続々と舞い込む資金流入が頼りなのだ。
資本収支のマイナス拡大で円の上値は押さえられがち
先に「米国経済がバブルの様相を呈するようになった場合、それは資産バブルの色合いを濃くする」と述べた。
米国の金利が上昇し、同時に株価や地価も強含みの展開となれば、当然、そうした市場に日本からの投資マネーも向かいやすくなる。もとより、世界で最も高齢化の進展が早い日本にあっては年金資産運用などの重要性が見る見る高まっており、これまでにも年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)などが海外債券や海外株式などでの運用比率を高めてきたことは周知の事実となっている。
財務省が定期的に公表している「対外及び対内証券売買契約等の状況」を見ても、近年は国内投資家による外国債券への投資が拡大傾向を辿っていることがよくわかる(図②参照)。
出典:財務省「対外及び対内証券売買契約等の状況」より
また、コロナ下で米国株を中心とする海外株投資が個人投資家の間で拡がっていることもわかっている。コロナが経済のデジタル化を後押していることを背景に、その恩恵を受ける大手IT株が主力の米国株に特に注目が向かっているわけだ。
既知のとおり、米国を代表する大手IT企業5社のことを俗に「GAFAM」と称しており、これら5社の時価総額合計は、いまや日本の東証一部の時価総額総計を上回るまでになっているのである。そんな米株市場のダイナミズムを現実として受け止めたとき、少なくとも日本の円が米国のドルに対してどこまでも買い上げられ続けると想定するには相当な無理があるとは言えないだろうか。
加えて、最近は世界の株式で運用する投資信託への投資も見る見る盛んになってきている。日興リサーチセンターの調べによると、今年1~8月だけで世界株で運用する投資信託(上場投信=ETFを除く)には、差し引きで約1兆6000億円もの資金が投じられたという。
とどのつまり、日本のマネーが次々に米国を中心とする海外に有効な運用先を求めて旅立っているわけであり、日本の所謂「資本収支」はマイナスの幅を広げ続けている。そうしたことが、少なくとも円の上値を押さえることに貢献しているということは、やはり認識下に置いておきたい。
海外勢全般のドル売りにもおのずと限界はある
とまれ、国内外のメディアや市場関係者のなかには、当面の円高・ドル安リスクに警鐘を鳴らす向きも非常に多い。
米ゴールドマン・サックスは10月中旬のリポートで、2021年は5500億ドルの資金が米国株に向かうと分析したうえで「向こう1年にドルが他の主要通貨に対して9%ほど下落し、海外勢の米国株買いを後押しする」との見立てを披露した。
確かに、ここもとはドルに対する中国人民元の上昇が続いており、中国が米国債を手放してドル売りに動いていると見る向きも少なくない。また、海外勢全般が米大統領選前にドル建て資産を売却し、持ち高を整理しているとの声も聞かれる。
そうであるならば、米大統領選後に流れが逆転する可能性も大いにあるということになろう。
人民元に関しては、米中両国間における現状の通商条件を鑑みるに、中国人民銀行が暫く人民元高を容認するのも当然という部分はある。中国は対米輸出に規制をかけられるなかで、内需拡大の努力を必死に続けている。
とはいえ、そんな人民元高容認にもおのずと限界はある。足下では、中国発北米向けのコンテナ船需要が急拡大しており、一段の人民元高は間違いなく痛手となる。
また、米大統領選に決着がつけば、あらためて海外勢全般がドル建て資産を買い戻し、新規にドルの持ち高を再形成する可能性も十分にある。
繰り返すも、米国経済が一層バブル化すれば海外勢は対米輸出を一段と盛んに行うようになる。その背景には米国の財政赤字と国家債務の積み上がりがあり、米国はドルの価値を高めておかざるを得ない。
他に気になるのは、やはり英国と欧州連合(EU)の通商交渉の行方。執筆時点では、なおも瀬戸際での“技術的な”せめぎ合いが続いているものの、最終的には適当な落とし処に落ち着くとの読みがあり、市場は基本的に楽観している模様である。
ただ、やはり欧州におけるコロナ感染の再拡大は極めて深刻な状況となっており、当面はユーロを積極的に買い上がることも憚られる。なお、目下のコロナ禍は12月の欧州中央銀行(ECB)理事会の議論に相応の影響を及ぼすことになると見られる。追加の緩和策について具体的な検討がなされることは必至であり、当面のユーロドルにも下値リスクが大いにあると言える。
目先的にユーロドルが1.18ドル処をクリアに下抜けてきた場合には、まず今年9月安値の1.1612ドルあたりが意識されやすくなると見ておく必要があると個人的には考える。
※この記事は、FX攻略.com2021年1月号の記事を転載・再編集したものです。本文で書かれている相場情報は現在の相場とは異なりますのでご注意ください。
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