最初に瞬きをしたのは、ギリシャだった[松崎美子]

Who blinks first?

今年1月末、ユーロ圏ではじめて反緊縮財政策を支持する左翼:急進左派連合(SYRIZA党)政権が誕生したギリシャ。2010年から始まったユーロ圏債務危機以降、GDPはピーク時から25%も縮小し、失業率も25%を越えることが日常化していたことを考えれば、有権者が反緊縮政党に票を入れたことは、想像に難くありませんでした。しかしSYRIZA党が政権を取った瞬間から、ギリシャ向け第2次金融支援延長を巡り、債権団との間で意見の対立が顕著となりました。

今回のギリシャ危機を巡る報道で何度も繰り返し使われた言葉は、「Who blinks first? (誰が最初にまばたきをするのか?)」というものでした。この意味は、例えば睨めっこをして最初に瞬きをした人、またはポーカー・ゲームの最中に敵に対して最初に自分の手の内を見せてしまう顔の表情をしてしまった人のことを指します。つまり、最初に瞬いた人が負けとなるのです。

今週日曜日に開催されたユーロ圏首脳会談(サミット)は、サミットとしては最長記録の17時間に及ぶ長丁場となりました。その席でドイツ財務省が「5年間に渡る一時的なGrexit (ギリシャのユーロ圏離脱)」を提案した瞬間、ギリシャが最初の瞬きをしてしまったのです。

その結果、ギリシャ向け第3次金融支援への合意が債権団との間で取り付けられ、ギリシャは今まで通りユーロ圏に残留することが決まったのです。ただし、これには条件が付いており、7月15日(水)までに、ギリシャ政府は今回の合意内容を法制化することが義務付けられ、それが確認され次第、あらためて支援協議がスタートすることになりました。残念なことに、今回の合意内容は、7月5日の国民投票で国民がNOを突きつけた緊縮財政内容をはるかに超えた緊縮項目が詰まっているため、ギリシャ国民はまたしても苦しい緊縮財政を受け入れなければなりません。

法制化決定後の支援交渉には7~12週間かかると言われており、最初の支援金受け取りは、早くても9月になる予定。そのため、崩壊寸前のギリシャの金融システムを生き返らせ、国際通貨基金(IMF)への滞納金や、7月20日に予定されている欧州中銀(ECB)への返済金などの目先の資金については、急遽つなぎ融資がアレンジされました。

Grexit(ギリシャのユーロ圏離脱)を突きつけられたギリシャ

2012年の債務危機では、ECBのドラギ総裁が、「ユーロを守るためなら何でもやる。ビリーブ・ミー」という有名な台詞を残したことにより、一件落着しました。当時の欧州が一番恐れたことは、債務額がドイツの国内総生産の7割という規模にまで膨れ上がったイタリアにまで危機が拡大してしまうと、欧州統一構想そのものが潰れてしまうリスクだったと私は思います。

その後、将来の危機に備え、加盟各国だけでなく欧州中銀(ECB)も危機対策をしっかり固めたこともあり、今回のギリシャ危機を巡る交渉では、欧州側は一歩も譲歩を見せませんでした。週末日曜日のユーロ圏サミットでも、「出て行きたいなら、ユーロ圏から出て行っても構いませんよ。私たちは止めません。」とGrexitに賛成した国は、ギリシャを除くユーロ圏加盟18ヶ国のうち、10ヶ国にも及んだと報道されており、これには私も驚きました。

Greixt賛成/反対派

これはあるシンクタンクが書いた「Greixt賛成/反対派」の予想ですが、少なくともオーストリアに関しては、日曜日の首脳会談が終了してからもギリシャに理解のある言葉をかけていたので、Grexit賛成派ではなく、出来ることならGrexitは避けたい派に属すると、私は思っています。しかし、それを考慮しても、9ヶ国が賛成したという事実は重いですね。

ツィプラス首相の計算違い

6月28日にツィプラス首相が一方的に国民投票の実施を発表し世界を驚かせた事は、みなさんのご記憶にも新しいと思います。そして、7月5日に国民投票が実施され、61%を越す国民が「6月25日に開催されたユーロ圏財務相会合で提出された合意書内容についてNO!」を突きつけたのです。これだけ多くの国民が反緊縮財政策の継続を拒否したのですから、債権団もギリシャ国民の意見を尊重すると思われました。しかし、実際に起きたことは、全く逆のことだったのです。

日曜日のサミットの席で債権団から提出された合意内容は、ギリシャ国民が拒否した6月25日の内容よりも更に緊縮度の高い内容となっており、ここでもツィプラス首相が打って出た国民投票という賭けが、功を奏さなかったことが明白となりました。そして、債権団は更に厳しい要求を突きつけてきたのです。それは、今回の改革案内容をギリシャ議会で正式に法制化するよう求めました。そして、その期限はわずか3日後の7月15日(水)です。

どうしてギリシャが最初に瞬きをしたのか?

ツィプラス首相は議会採決の前日(7月14日)にギリシャ国営テレビで国民に呼びかけた際、「日曜日のサミットは、首にナイフを突きつけられて、YESと言えと脅迫されたようなものだ。私は、今回の合意内容に全く同意していない。しかし、これを拒否してしまうと、ギリシャという国は本格的なデフォルトに陥ってしまうため、止む無くYESと答えた。」と語っています。

これはあくまでも私の考えですが、ギリシャの銀行システムが健全で全く問題がなければ、ツィプラス首相はもっともっと粘ったと思います。今回の協議の間も、ギリシャの銀行はずっと資金が枯渇しており、資本規制導入を余儀なくされました。同首相としては、債権団の提案を断った結果、ギリシャ発世界的金融システム崩壊リスクが出てくることを、容認する訳にはいかなかったでしょう。もちろん、ドイツが「5年間の一時的Grexit(ギリシャのユーロ圏離脱)」を提案したので、どうにもならなくなったことは十分に承知ですが、ギリシャの銀行システムの体力がここまで弱っていなければ、ドイツもGrexitという切り札をこんなに早く使ってこなかったかもしれません。

逆の見方をすれば、今回の危機中ずっと、ギリシャの銀行システムがしっかりしていて、ECBの緊急流動性支援(ELA)に頼らずに自力でやっていけたのであれば、Grexitのカードをちらつかされても、断固として「国民投票でNOと言われたことには首を縦にふれない。」と、突っぱねられたと思います。

もうひとつ、ツィプラス首相が負けを認めた理由は、ギリシャ政府が提出した先週の改革案は、ギリシャが独自で作成したものではなく、フランスの助言を得た内容でした。しかし、債権団には全く受け入れてもらえなかった挫折感は、ひどいものだったと想像します。

ギリシャ議会での法制化に向けた採決

7月15日、ギリシャでは債権団から提出された財政改革案の法制化に向けて、議会で採決が取られました。結果は、賛成 229・反対 64・棄権 6となり、絶対多数決で法案を可決するという動きになりました。

ただし、ギリシャ議会でのSYRIZA党議員 149名のうち、39名が反対または棄権したため、ツィプラス首相はこれらの議員に辞任勧告をします。そうなると、ギリシャ議会全300議席のうち、連立与党が占めていた162議席から39名が辞任するため、過半数割れとなります。そのため、早い時期でツィプラス首相は内閣改造を実施する予定。ただし、与党連立の相手 (SYRIZA党とANEL党の連立) は変更しない模様と報道されました。

果たして、149名のうち、39名(26%)の議員が反対の意を示したのに、ツィプラス首相が今後も安定して内閣を引っ張っていけるのかについては少し懐疑的です。第3次金融支援をきちんと受け取るであろう9~10月以降、解散総選挙の可能性を指摘する報道も目立ちはじめてきました。

ギリシャ向け繋ぎ融資

第3次金融支援が正式に承認されるまで、7~12週間程度の時間を要することもあり、さしあたりの手元資金として、8月中旬という期限で70億ユーロ規模の繋ぎ融資を実施することが決まりました。

「70億」という数字の根拠ですが、チャートの黒いグラフで示したIMF向けの滞納金、7月20日のECBへの償還額を合計すると、約55億ユーロになります。これらの返済に加え、短期債の償還や、年金/公務員給与も必要ですので、この数字が出てきたのでしょう。

IMF向けの滞納金、7月20日のECBへの償還額

8月中旬以降は、また新たな繋ぎ融資となるのかは、今のところはっきりしません。数々の報道を読み比べると、第3次金融支援が承認される秋までに、総額120億ユーロほどの資金が必要となるようですが、財源を提供するEFSM(欧州金融安定メカニズム)の枠が、115億ユーロしか残っていないため、120億との差額をどこから引っ張ってくるのかなどについて、8月にまた揉めそうです。

ギリシャ支援パッケージの中身

繋ぎ融資とは別に今回の採決のメインテーマは、「ギリシャ政府に対して支払われる第3次金融支援のパッケージ」についてであり、その規模は820~860億ユーロ、期間は3年間と伝えられています。

ギリシャ支援パッケージの中身

当初、ESM(欧州安定メカニズム)からの捻出金は最大660億ユーロと言われておりましたが、ギリシャ議会での採決の翌朝、ESM責任者のレグリング氏は、「ESMの分担は、最大でも500億ユーロとなるであろう。」という見解を示しました。そのため、差額に関しては、ギリシャ民営化基金が負担することになりそうです。

このギリシャ民営化基金の財源は、ギリシャ国有資産の売却・民営化によるもので、その規模は3年間の間に最大500億ユーロ相当となる予定です。そして位置づけとしては、欧州全体が監視する信託基金となります。当初、ルクセンブルグに拠点を置くと考えらえておりましたが、ギリシャの強い要請で、アテネに設置されることになりました。

民営化基金の500億ユーロの使用用途については、

・250億ユーロは、ギリシャの銀行の資本増強用
・125億ユーロは、ギリシャの経済立て直し資金
・125億ユーロは、債務返済用

となっておりますが、ギリシャの国有資産の民営化にはSYRIZA党自身が反対しているため、果たして当初の予定通り、3年間で500億ユーロという金額の国有資産の売却がスムーズに行われるのかは、正直疑問です。

ギリシャ債務削減を巡る議論

2012年のユーロ崩壊危機、そして今回のギリシャ危機と、2度の大きな危機を乗り越えてきたユーロ圏。この経験から私が学んだことは、「ユーロは後戻り出来ない」という言葉の重さでした。今でもGrexitのリスクが完全に消えた訳ではありません。しかし、もうこれでユーロ圏も終わりだろう…という峠を2度も乗り越え、尚且つギリシャの残留と言う道を選んだ欧州連合関係者の姿勢には、驚きさえ感じます。

ギリシャ議会が改革案の法制化を決めたことを受け、繋ぎ融資の決定がなされましたが、第3次金融支援に関する決定手順などに関しては、この原稿を書いている時点では、全くの未知数となったままです。そのため、あくまでも自分の考えになってしまいますが、これできれいさっぱりギリシャ危機が解決されたとは考えおらず、もし完全に終焉するのであれば、現在ギリシャが抱えている約3,200億ユーロにのぼる債務全てを棒引きにしてあげることが可能になった時だと思っています。もしそれが無理なのであれば、また同じような「ギリシャ債務危機」を何度も繰り返す可能性が高いです。

それだったら、債務の削減に応じてあげればよいのに…そう言う方がいらっしゃるかもしれません。しかし、ドイツをはじめとする「債務削減に反対している国々」は、それが違法行為に当たるから反対していることが判りました。2012年に実施されたギリシャ債務再編の対象は、民間部門に限定されていました。しかし、今回の新たな債務再編は、ECBをはじめとした公的部門が対象となります。ECBの場合、債務削減や返済期限の延長などを認めてしまうと、中央銀行による融資に該当してしまうため、絶対に禁止されています。

しかし、ドラギECB総裁は7月16日の理事会後の記者会見の席で、「ギリシャ債務削減は『もし』ではなく、『どのような手段を使って行うか?』が問題である」という趣旨の発言をしたのです。もし公的部門の債務削減が、ドイツが言うように違法行為でタブーであるのなら、どうしてドラギ総裁が賛成しているのか、理由が知りたいと思いました。

7月15日にギリシャ議会が可決した改革案には、債務削減についての明記はありません。しかし、IMFは債務削減が認められないのであれば、第3次金融支援に参加しない意向を示しているとも言われています。そしてもしIMFが参加しない金融支援であれば、ドイツは参加しないという意思表明をショイブレ財務相がされていた筈です。

まとめ

2009年にギリシャ債務危機が発覚して以来、ほんの束の間の平安の時期をのぞき、常に欧州はギリシャ問題解決のため、眠れぬ夜を過ごしました。そして、今回の危機ではじめてGrexitの可能性が本格化したのです。

IMFが発表した「ギリシャ債務に関する報告書」では、30年間の返済猶予や元本削減を提案していました。もし、本当に30年間の返済猶予となった場合、ギリシャ金融支援にお金を払っているユーロ加盟国の納税者は、30年経たないと自分達の税金が戻ってこないことになります。今回のギリシャ危機を通じて、「ギリシャの人道的被害」について数々の報道を目にしましたし、債権団のギリシャ政府への対応の仕方は、民主主義の基本原則に違反していたという報道もございました。しかし、欧州の一納税者として言えることは、どういう事情があるにせよ、誰がどんな権限を持って、私たちが汗水流して働いて得た所得から支払った税金を、30年も返済せずに平気でいられるのか?そこを問いたい気持ちでいっぱいです。

欧州の誰もが、これ以上ギリシャ危機に時間をかけたくないと感じていることでしょうから、今後数ヶ月は大きな波風が立たないかもしれません。しかし、臭いものに蓋をしても、必ず臭いが洩れてきます。イメージとしては、早ければ9月末から10月くらいに、解散総選挙などなんらかの動きがギリシャで起こると思います。

それまでは、ユーロはあくまでも「低金利の調達通貨」として扱い、ユーロ売りが有効に働くと考えています。

ドル/スイス 日足

最後になりますが、ギリシャ危機に対する不安が少なくとも数週間は遠のくと思われ、安全資産であるスイス・フランの買いが引き、一転して売りになることが考えられます。このチャートは私が普段参考にしているベガス・トンネル方式(チャート上の青と緑のライン:144/169EMAがトンネル)ですが、ドル/スイスはトンネルが通る0.9429/33(チャート左上 赤丸部分)がサポートされている限り、61.8%戻しの0.97226近辺までの上昇を見ています。

松崎美子の写真

松崎美子(まつざき・よしこ)

スイス銀行東京支店でトレーダー人生をスタート。1988年渡英、1989年よりバークレイズ銀行ロンドン本店Dealing Roomに就職。1991年に出産。1997年に同じくロンドン・シティにある米メリルリンチ投資銀行に転職。その後2000年に退職。現在はFX取引に加え、日本の個人投資家向けにブログやセミナー、YouTubeを通じて欧州直送の情報を発信。著書に『松崎美子のロンドンFX』『ずっと稼げるロンドンFX』(共に自由国民社)。2018年より「ファンダメンタルズ・カレッジ」を運営。DMMで「FXの流儀」のオンラインサロンも始めた。

公式サイト:ロンドンFX

Twitter:https://twitter.com/LondonFX_N20

スクール:ファンダメンタルズ・カレッジ

オンラインサロン:FXの流儀 ~ファンダ・テクニカルを語ろう~

YouTube:FXの流儀

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